産経抄

10月6日

 町には風邪除(よ)けの札が配られた。札といっても薄紙1枚に過ぎない。風の袋を担いだ鬼が不動明王の眼光に縮み上がり、ほうほうの体で逃げ出す絵が刷られていただけだった-とは、宮尾登美子の代表作『櫂(かい)』の一節である。

 ▼大正7(1918)年に世界的な流行を見せたスペイン風邪は、小説の舞台となった高知市の街をも襲っている。〈町内にぽつりぽつりと患者が出始めた話を聞いたら、一両日のうちにはもう全体に〉。公衆衛生がまだ隅々に行き届かぬ時代の人々は、「紙」にもすがる思いだったろう。