産経抄

11月13日

 初代内閣安全保障室長を務めた故佐々淳行さんは、英国統治下にあった香港の領事として、1967年の暴動のまっただ中にいた。佐々さんによれば、前年に始まった中国の文化大革命が暴動の「父」とすれば、「母」は戦火を広げていたヴェトナム戦争だった(『香港領事動乱日誌』)。

 ▼2つの大きな歴史のうねりが、香港の北京系住民のナショナリズムを刺激して、大規模な「反英闘争」に発展した。警察が爆弾犯を徹底的に取り締まると、中国政府はこれを弾圧と捉え、当時の香港政庁に謝罪を要求した。香港の北京系新聞は、国境に集結中の人民解放軍の写真を掲載した。要求に応じなければ、香港に進軍するという露骨な脅しであった。