「玉座(ぎょくざ)を以(もっ)て胸壁(きょうへき)と為(な)し、詔勅(しょうちょく)を以て弾丸に代(か)へて政敵を倒さんとす…」。大正2(1913)年2月、後に「憲政の神様」と称(たた)えられる尾崎行雄の名演説の矛先は、当時の桂太郎首相に向けられていた。尾崎にあおられ議事堂に押しかけた民衆によって、桂は内閣総辞職に追い込まれる。
▼「あのニコポン宰相ですか」。『桂太郎』(ミネルヴァ書房)のあとがきで、著者の小林道彦さんが、ある大学の教員が示した桂に対する紋切り型の反応に触れていた。ニコニコ笑いながら、ポンと肩をたたく。相手を説得する際のしぐさを揶揄(やゆ)して、新聞記者がつけたあだ名である。