産経抄

12月11日

 故笹川良一さんの悲恋が始まりだった。少年時代に思いを寄せた近所の娘さんが、ある日突然姿を消す。ハンセン病だったと知らされ、そのとき撲滅を誓ったという。

 ▼三男の陽平さんが、父のお供で韓国のハンセン病の研究施設を訪ねたのは、昭和51(1976)年、37歳の時である。良一さんの財団の寄付により、完成したばかりだった。良一さんは膿(うみ)の出ている患者の手を握り、肩を抱いていた。