産経抄

5月10日

 「六歌仙」の一人、在原業平に手紙が届いた。「急用」と称した母からの便りである。封を切ると文章はなく、そこには歌一首のみが書かれていた。〈老いぬればさらぬ別れのありといへば/いよいよ見まくほしき君かな〉。

 ▼年を取れば避けられぬ別れ(永別)もあるというから、ますます会いたいものだ、と。業平は宮仕えの身で自由が利かない。母にはよほど長い間、無沙汰を重ねていたらしい。放縦な色恋で知られた歌人の意外な挿話である。胸にちくっとした痛みを覚えるのは、小欄だけではあるまい。