産経抄

7月6日

 肥後熊本藩の初代藩主、加藤清正といえば、朝鮮半島でのトラ退治で知られ、勇猛果敢な武将のイメージが強い。もっとも、肥後に入国してからは、熊本城の築城のほか、領内各地の河川改修や新田開発に情熱を傾けた。現在も熊本の人たちに、「清正公(せいしょこ)さん」と敬愛される所以(ゆえん)である。

 ▼その清正が、肥後の南東の小藩、相良藩を手中に収めようとした。球磨川沿いの大きな岩に差し掛かったときのことだ。後に「清正公岩」と呼ばれる大きな岩の向こうには、険しい山々の間を縫うように激流が続いていた。さすがの「治水の神様」も、「この岩より先は相良にくれる」と言い残して引き返したという。