産経抄

8月9日

 「水をください」とうめく少年の脇を、青年は耳を塞いで通り過ぎた。手持ちの水はあげられない。閃光(せんこう)に倒れた瀕死(ひんし)の兄に飲ませるため-青年は後に、そう振り返っている。長崎で被爆した歌人の竹山広である。

 ▼日々の営みを一瞬のうちに焼き尽くし、残された人々に消えることのない傷を刻んだ。史上最も罪深い惨禍である。当時25歳の歌人は、後々まで悔恨に苦しみ、被爆体験を歌に詠めなかったという。〈うち捨てし少年の眼をその声を/忘れむことも願ひつつ来し〉。