産経抄

10月7日

 1919年、パリで開かれた第一次世界大戦の講和会議に出席していたウィルソン米大統領は、世界中で大流行していたスペイン風邪に感染する。激しくせき込み、熱は39・4度まで上がった。主治医は当初、毒を盛られたのではないか、と疑った(『史上最悪のインフルエンザ』アルフレッド・W・クロスビー著、みすず書房)。

 ▼講和会議では、フランスの首相が、敗戦国ドイツに過酷な講和条件を突きつけた。ウィルソンは国際協調を重視する立場から強硬に反対する。ところが数日間の闘病の後会議に復帰すると、人が変わったように妥協してしまう。その裏切りをドイツ国民はけっして忘れず、やがてヒトラーの台頭を招いたとされる。