産経抄

11月15日

 時の権力者を匿名の文書で当てこする文化は、昔からあった。風刺の効いた狂歌などを詠み、道に落としておく。これを「落書(らくしょ)」と呼んだ。寛政の改革で知られる松平定信は、落書でおもちゃにされた一人である。

 ▼倹約奨励など行き過ぎた規制に庶民は音を上げ、〈孫の手のかゆひ所へとゞきすぎ/足のうらまでかきさがすなり〉と残した(吉原健一郎著『落書というメディア』)。定信は8代将軍吉宗の孫だった。権門への気兼ねか、「孫の手」の皮肉に作者の節度が見える。