産経抄

12月2日

 『吾輩(わがはい)は猫である』の猫の主人、珍野苦沙弥は痘痕(あばた)面だった。「主人は折々細君に向って疱瘡(ほうそう)をせぬうちは玉のような男子であったといっている」。あばたにコンプレックスを持つ苦沙弥のモデルは、作者の夏目漱石本人である。幼い時に受けた種痘が原因だった。

 ▼かゆみに耐えられず、かきむしって痕が残った。明治の初めごろにはまだ粗悪な種痘が出回っていた。もっとも明治期だけで、万単位の死者が出る流行が何回もあったというから、種痘の恩恵は大きかった。やがて漱石と同じくお札の肖像に起用される北里柴三郎が、ドイツ仕込みの細菌学を生かして、先進国レベルの品質を実現していく。