産経抄

2月8日

 2002年9月の第1回日朝首脳会談で、北朝鮮の金正日国防委員長は、長年否定していた日本人の拉致を初めて認めた。1カ月後には、拉致被害者5人が帰国を果たす。日本国内が騒然とするなか、東京の米国大使館で北朝鮮政策を担当していたのが、アビゲール・フリードマンさんである。

 ▼米国内では、核の脅威に比べて拉致は副次的な問題としてとらえられがちだった。それが不満だったフリードマンさんは、政府関係者だけでなく、拉致被害者の支援者とも積極的に交流し、ワシントンに詳細な報告書を送っていた。