産経抄

2月11日

 開業時は「夢の超特急」と呼ばれていた東海道新幹線の構想は、昭和初期からあった。当時の鉄道省が進めていた「弾丸列車計画」である。東京-下関間を最高時速200キロで運転して、さらには海底トンネルで朝鮮半島に渡り北京まで到達する。なんとも壮大な計画は戦況の悪化で頓挫する。

 ▼もっとも、昭和19年には本州の下関と北九州を結ぶ関門鉄道トンネルを完成させている。世界で最初の海底トンネルだった。戦後の四半世紀の歳月と6600億円にのぼる巨費を投じられた青函トンネルは、現在でも海底トンネルでは世界最長である。高い水準を誇ってきたトンネル掘削技術は、英仏海峡トンネルの工事でも活躍した。