正論

安全保障法制にみる政策の変遷 金沢工業大学・虎ノ門大学院教授・伊藤俊幸

ジュバ市内の空港近くにある、自衛隊宿営地。午前中の活動を終えて整列する自衛隊員=2012年2月19日、南スーダン・ジュバ(早坂洋祐撮影)
ジュバ市内の空港近くにある、自衛隊宿営地。午前中の活動を終えて整列する自衛隊員=2012年2月19日、南スーダン・ジュバ(早坂洋祐撮影)

 令和が始まり、平成とはどんな時代だったか、盛んに論じられている。安全保障の観点で捉えるならば平成元年11月にベルリンの壁が崩壊し、12月のマルタ会談で東西冷戦が終結、平和な時代の到来かと思いきや、翌2年8月にイラクがクウェートに侵攻したことでその様相は一変したのだった。

 ≪国際社会で苦い経験もとに

 この侵略は冷戦時代には動かなかった国連の集団安全保障措置を初めて機能させることになった。安保理決議で制裁し、侵略をやめさせる方法だ。イラクの即時撤退を求めた「非難」、イラクに石油禁輸を命じた「経済制裁」、各国軍艦による船舶検査を求める「経済制裁を実効たらしめる措置」が安保理で次々と決議された。最後は多国籍軍による武力行使を認める「武力制裁容認」が決議され、3年1月湾岸戦争が始まった。