正論

李登輝氏、二つの政治的決断 拓殖大学学事顧問・渡辺利夫

10月、台北市内のホテルで、車椅子に乗り支持者と握手する李登輝元総統(田中靖人撮影)
10月、台北市内のホテルで、車椅子に乗り支持者と握手する李登輝元総統(田中靖人撮影)

 台湾では「省籍矛盾」といわれる。国共内戦に敗れた国民党政府が台湾を接収、敗走する軍人・軍属をはじめ多くの大陸出身者が台湾に流入してきた。彼らは「外省人」と呼ばれ、以前から台湾に居住する「本省人」とは異質の社会集団であった。新たな支配者となった国民党の専制は凄(すさ)まじく、台湾住民の深い怨嗟(えんさ)の対象となった。外省人は権力を放縦に行使する一方、台湾住民は無権利状態のままにおかれた。

 ≪台湾「省籍矛盾」の転機≫

 省籍矛盾に対する住民の憤怒(ふんぬ)の爆発が「二・二八事件」(1947年)であり、その後長きにわたってつづく二つの社会集団の感情対立の淵源となった。