正論

高雅な友 芳賀徹の人柄しのぶ 東京大学名誉教授・平川祐弘

 夏風や汽笛那須野に響きけり

 これが昭和十六年、山形から東京へ転校してきた芳賀徹の俳句だ。芳賀と私はその小学四年以来、中・高・大・大学院・留学、そして勤め先の東大教養学部も同じで、比較文化研究の大学院を平成四年の定年まで担当した。その芳賀が二月二十日、八十八歳で草葉の陰に去った。君の高徳をしのび、敬慕哀悼の微衷を捧(ささ)げる。

 ≪人の憂いに感じる心が優しさ≫

 学問に豊かに芸術に敏(さと)く、第一級の人文学者だった。人柄は優しく、優しいの「優」の字は人偏に憂いと書く。人の憂いに感じる心が優しさだと学生のころから言った。芳賀が詩歌の森を散策しながら語ると、心ある読者はその文章に納得し感じ入った。芳賀が作者の気持ちに共感し、上手に解き明かすからだ。東京大学の授業でもよく下調べし、一旦自己嚢中(のうちゅう)のものとした上での語りは講演に血が通い、座談は名手の即興演奏の如(ごと)く、内外の学生も、学会の聴衆も、陛下も、生き生きした話に耳を傾けた。召人(めしうど)として詠んだ、

 子も孫もきそひのぼりし泰山木暮れゆく空に静もりて咲く