
ステーション・ワゴンに食料品をしこたま積んで、まだ寒いのにN県の湖畔の別荘へ、友人たちが車を連ねて行ってしまった。コロナウイルスの発生で、東京のような大都会に居ても、展覧会も音楽会も中止。レストランへ行くことも憚(はばか)られる。それならいっそ高齢の者は、人里離れた山奥で暮らすに限る。退職した外交官と学者と画家と三家族、別荘村の仲間の男三人女七人、計十人が、進んで世間から自己隔離して生活を送るという。犬も連れて行く。車には葡萄(ぶどう)酒もチーズも積んであったから、羨(うらや)ましくて「良いお休みを」とご挨拶し「せいぜい読んでくれたまえ」とイタリア文学の翻訳を三冊、餞別(せんべつ)に渡した。
≪疫病を逃れて優雅な隔離生活≫
昔と変わらないな、と思った。七百年前、西洋で黒死病流行のとき、難を避け、別荘で閑雅な生活を送った人々がやはりいた。当時はテレビも携帯もない。退屈しのぎに十人の男女が一日に一人が一話ずつ、代わる代わる延べ十日、話をした。金曜土曜は休んだから、実際は二週間余の滞在となった。それで計百話の『デカメロン』の物語となったというのが作者、ボッカッチョ(一三一三~一三七五)の弁である。