正論

「国家の守護神」思想を再考する 東京大学名誉教授・小堀桂一郎

「皆の力で打ち克ちましょう」と横断幕を掲げる靖国神社。=4月29日午後、東京都千代田区(松井英幸撮影)
「皆の力で打ち克ちましょう」と横断幕を掲げる靖国神社。=4月29日午後、東京都千代田区(松井英幸撮影)

 ≪靖国神社の御創建記念日に≫

 6月29日は靖国神社御創建記念日である。明治2年の此(こ)の日(当時旧暦)に東京招魂社として発足した神社は、太陽暦採用に際してその日付をそのまま新暦に移して創立記念日とした。爾来(じらい)昨年めでたく創立百五十年の記念祭を迎へるまで、国民の篤(あつ)い崇敬に支へられ国家の守護神としての揺るぎない存在を全うしてきた。

 昨年の記念祭に際しては本欄でお伝へしたが、全国47の都道府県産出の陶土を以(もっ)て作製したさくら陶板を外苑に設置するといふ斬新な着想を実現し、境内の景観も面目を一新して記念事業は一段落した。あとは神社の祭祀(さいし)の直接の支持層である御祭神の遺族数の自然の減少といふ不可避の趨勢(すうせい)に対処して、どの様に祭祀事業の護持を図つてゆくかといふ当面の課題に専念すべき段階に入つたのだ、と思はれた。

 ところが改めて言ふまでもない事だが、新年が明けて早々、我が国は武漢肺炎の猖獗(しょうけつ)といふ予想もつかなかつた新しい性格の国難に襲はれる破目となつた。神社は間もなく新暦での盂蘭盆(うらぼん)行事と日付を合せた恒例のみたま祭を迎へるわけであるが、疫病への感染を避けるために必須とされる三条件のうち、開かれた空間での人寄せであるから密閉といふ禁忌は避けられるが、密集・密接の禁制を守る事は現実に不可能である。本年のみたま祭は中止といふ神社当局の決断も実に已(や)むを得ない。