正論

コロナ後の社会担う若い世代へ 同志社大学特別客員教授・阿川尚之

新型コロナ対策を行って講義に臨む学生ら =6月2日午前、京都市伏見区の京都教育大学(永田直也撮影)
新型コロナ対策を行って講義に臨む学生ら =6月2日午前、京都市伏見区の京都教育大学(永田直也撮影)

 中国で発生した新型コロナウイルスは、瞬(またた)く間に世界中へ広まった。多大な感染者、犠牲者を出し、第2波が恐れられている。

 感染症の大規模な流行と甚大な被害は新しい現象ではない。中世のペストから百年前のスペイン風邪、近年のSARSまで、人類は繰り返し細菌やウイルスによる感染症で苦しんできた。

 ≪人々の価値観にも変化が≫

 『平家物語』に平清盛が突然病に倒れ、「身の内の熱き事は、火を焼(た)くが如(ごと)し」、体を冷やすため比叡山から運ばせた井戸水に身を浸すや「水おびたゞしう沸き上つて、程なく湯にぞなりにける」との記述がある。

 当時感染症に対してできることはほとんどなかった。鉾(ほこ)を立てて練り歩く祇園祭など京都の祭りの多くは、疫病をもたらす怨霊を鎮めるのが目的であったという。

 しかし19世紀後半以降、感染症に関する研究が飛躍的に進み、治療と予防が可能になった。エイズや新型インフルエンザもほぼ制圧され、人々は感染症をあまり心配しなくなった。そこに現れたのが、新型コロナウイルスである。

 このウイルスに関する知見がほとんどないなか、医師をはじめ世界中の医療従事者が自らの感染リスクを抱えながら英雄的な献身によって患者を救った。国全体で活動レベルを抑えて日本では感染の勢いがかなり衰えた。担当公務員も昼夜を分かたず働いた。「尽力謝するに余りあり」である。