正論 戦後75年に思う

戦没者を思い続ける意味と責任 日本大学教授・先崎彰容

広島への原爆投下後にテニアン基地に帰還するB29「エノラ・ゲイ」(米空軍提供・ロイター)
広島への原爆投下後にテニアン基地に帰還するB29「エノラ・ゲイ」(米空軍提供・ロイター)

 ≪遺骨収集めぐる国家の不在≫

 「テニアンは島全体がお墓みたいなもんだ」。昨年放送されたNHKスペシャル『戦没者は二度死ぬ』冒頭の遺族の言葉である。サイパン島に隣接するこの小島には先の大戦の戦闘員と民間人を含む多くの遺骨が今なお、眠っている。テニアンだけではない、当時大東亜共栄圏を拡大していた日本は、東南アジアから大陸ロシアに至るまで100万柱を超える遺骨が、無念の帰国すら果たせずに密林と荒野のなかに眠っている。伝統や歴史を大切にする、などという観念的保守を吹き飛ばす生々しい声、自分たちは忘れられ「二度死ぬ」のだという肉声が、私たちの耳元に届いてくるではないか。

 平成28年に成立した「戦没者の遺骨収集の推進に関する法律」には、多くの問題点が存在する。現在の遺骨収集は、現地で採取した遺骨を「目視」と「遺留品」で鑑定する、つまり経験的な職人技で行っている。これがどれだけ前時代的な方法かは、米国と比較すれば一目瞭然だ。米国は毎年、莫大(ばくだい)な予算を計上し遺骨のDNA鑑定を行い、完璧な「科学的根拠」に基づいて遺族のもとへ返還する。