正論

李登輝元総統と民主主義の遺産 東京大学名誉教授・平川祐弘

2007年6月、東京・有楽町の日本外国特派員協会で記者会見する台湾の李登輝元総統(ロイター)
2007年6月、東京・有楽町の日本外国特派員協会で記者会見する台湾の李登輝元総統(ロイター)

 敗戦後、旧制高校は米国占領軍の手で一九五〇年に完全廃止された。七十年たった今、出身者は九十代、絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)である。その一人、旧制台北高校出身の李登輝元総統が七月三十日に亡くなった。

 ≪22歳までの日本教育喉元まで≫

 日本が大陸とともに台湾を尊ぶべきことを知らしめた第一の人は司馬遼太郎で、「街道をゆく」の『台湾紀行』で一九九三年に李登輝氏を、「身長一八一センチ、容貌は下顎が大きく発達し、山から伐(き)りだしたばかりの大木に粗っぽく目鼻を彫ったようで、笑顔になると、木の香りがにおい立つようである」と初対面でありながら旧知のごとく読者に紹介、李氏も「二十二歳まで受けた日本教育はのどもとまで-と右手を上にあげて-詰まっている」と言った。