よみがえるトキワ荘

かつての街は(6) 薄暗かった伝説のアパート

石ノ森章太郎と赤塚不二夫のサインを手にする鷲田和彦さん=豊島区南長崎のトキワ荘通りお休み処(松崎翼撮影)
石ノ森章太郎と赤塚不二夫のサインを手にする鷲田和彦さん=豊島区南長崎のトキワ荘通りお休み処(松崎翼撮影)

 夜はまぶしかった商店街、ラーメン屋、喫茶店、映画館、銭湯…。これまでトキワ荘周辺の街を見てきた。では、肝心のトキワ荘はどんなアパートだったのか。

 「僕がいた頃から、部屋の柱が乾燥して壁と隙間が空いていたねえ」。昭和30年暮れに入居した杉並アニメーションミュージアム館長、鈴木伸一さん(85)によると、27年の新築から3年で既に〝貫禄〟があったらしい。33年に4カ月暮らした水野英子さん(79)は、第一印象を「古かったです」とひと言。「手塚(治虫)先生がお入りになった時には新築だったので、そんなに年数経っていないんですが…。ニスの耐久性が今より劣っていたのか、木が年月を経た感じでしたね」