昭和天皇の87年

討伐を主張した石原莞爾 「降参すればよし、然らざれば殲滅する」

陸軍の鬼才といわれた石原莞爾(画=筑紫直弘)
陸軍の鬼才といわれた石原莞爾(画=筑紫直弘)

第122回 二・二六事件(6)

 「参謀本部の石原莞爾からも町尻(量基)武官を通じ討伐命令を出して戴き度(た)いと云つて来た、一体石原といふ人間はどんな人間なのか、よく判らない、満州事件の張本人であり乍(なが)らこの時の態度は正当なものであつた」

 先の大戦後、昭和天皇が二・二六事件を振り返って側近らに語った言葉だ。

 石原莞爾-。かつて満州事変を主導し、陸軍中央の方針に従わなかった異端児である。その石原が、戒厳司令部参謀に就任して決起部隊を討伐する側に回るとは、歴史の皮肉としか言いようがない。

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