昭和天皇の87年

決起将校15人を処刑 痴となるほどに国を愛せよ

画=筑紫 直弘
画=筑紫 直弘

第124回 二・二六事件(8)

 日本を震撼(しんかん)させた二・二六事件の背景は複雑だ。当時の陸軍急進派は民間右翼とのつながりが深く、佐官クラス以上の将校、将官は大川周明の、尉官クラスの青年将校は北一輝や西田税の思想的影響を受けていた(※1)。いずれも暴力革命を容認し、目指すは武装クーデターによる国家改造である。特権階級の閣僚、重臣らを倒さない限り、疲弊する農村をはじめ国家を救えないと彼らは考えた。その発想は、むしろ共産主義勢力に近い。

 不穏な動きがくすぶる中、青年将校のリーダー格だった陸軍大尉の村中孝次と一等主計の磯部浅一が昭和9年11月、クーデターを企てたとして逮捕され、やがて免官となった(士官学校事件)。村中らはそれを統制派の陰謀とみなし、陸軍上層部を公然と批判するようになる。

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