昭和天皇の87年

陸軍大臣に向かって「割腹せよ!」 長老議員が意地を見せた

画=筑紫 直弘
画=筑紫 直弘

第128回 腹切り問答

 二・二六事件後、昭和天皇を支える環境も大きく変わった。

 何より、内大臣の斎藤実を失ったことは大きい。昭和10年12月に牧野伸顕が辞職した後、後任に斎藤を望んだのは昭和天皇である。斎藤は穏健な国際派だ。朝鮮総督だった頃、武断政治を文治政治に改め、融和に努めた。植民地研究の第一人者、アレン・アイルランドがこう書いている。

 「彼は(朝鮮で)卓越した改革を成し遂げた。教育の問題においては、実に惜しみなく人々の教養に対する意欲に力を貸し、政治的野心については、無益に独立を望む気持ちを助長するものは如何なるものにも断固反対する一方、熱心に地方自治を促進し、日本人と朝鮮人の関係に友好と協力の精神をしみ込ませようとしていた」

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