昭和天皇の87年

退場させられた松岡洋右 天皇の我慢にも限界があった

第166回 激怒する外相

 凄惨な独ソ戦が勃発する1カ月半ほど前、昭和16年5月6日、宮中に慶事があった。

 《この日、成子内親王と盛厚王の結婚内約が公表される。午後、(昭和天皇は)皇后と共に奥内謁見所において稔彦(なるひこ)王妃聡子内親王と御対面になり、御礼の言上を受けられる》(昭和天皇実録28巻77頁)

 当時15歳の成子内親王は昭和天皇の長女、24歳の盛厚王は東久邇宮稔彦王の長男、またとない良縁だ。2人の将来のためにも、昭和天皇の平和を願う思いは一段と強まったのではないか。昭和天皇は翌日、婚約のお礼で参内した稔彦王に外交問題を語り、《日本の前途如何は日米交渉の成否にありとして、交渉の成立を特に希望される》(同巻巻78頁)