昭和天皇の87年

「日本は米国の罠(わな)にかかった」 近衛文麿ついに退陣 

画=近衛文麿
画=近衛文麿

第170回 開戦か外交か(2)

 昭和16年9月6日の御前会議で、昭和天皇が異例の発言に及んだ効果は大きかった。帰庁した陸相の東条英機が「聖慮(せいりょ)は平和だ」と声を励ましたのに続き、軍務局長の武藤章も部下を集めて言った。

 「戦争などとんでもない、おれが今から(速記メモを)読んできかせる。これは何でもかでも外交で妥結せよとの仰せだ、外交をやらにゃいかん」

 だが、陸軍の空気を変え、時代の流れを止めることができたのは、1カ月ほどだった。その頃、駐米大使の野村吉三郎から伝えられる米政府首脳の態度が、日に日に硬化していたからだ。

 9月3日、米大統領のルーズベルトは野村に、日本側が提案していた日米首脳会談について事実上拒否する回答を手交。10月2日、米国務長官のハルは野村に、仏印と中国からの全面撤兵を求める覚書を手渡した(※1)。