昭和天皇の87年

イギリス最大の敗北 シンガポールは陥落した

画=井田智康
画=井田智康

第177回 連戦連勝(1)

 昭和16年12月8日、真珠湾攻撃の一報を受けた朝、昭和天皇は《内閣総理大臣東条英機に謁を賜い、米英両国に対する宣戦布告の件、並びに本朝閣議決定の宣戦の詔書につき内奏を受けられる》(昭和天皇実録29巻138頁)

 宣戦の詔書は内閣官房が起草し、陸海軍と外務省、宮内省担当者らの協議を経て、11月末に案文が完成していた。その際、昭和天皇は《日英関係は明治天皇以来特別親密にして、自身も皇太子として渡英した際、非常な優遇を受けたため、今回の開戦は全く忍び得ず、自身の意志ではない旨を詔書に盛り込むよう希望》したと、昭和天皇実録は記している(29巻140頁)。

 その詔書は、12月8日午前11時45分に渙発(かんぱつ)された。