昭和天皇の87年

「和の機会をつかむべし」 宿老の首相を揺さぶった天皇の真意

画=井田智康
画=井田智康

第197回 鈴木貫太郎内閣(1)

 時計の針を少し戻そう。

 米軍が沖縄本島に上陸した昭和20年4月1日の4日後、昭和天皇は《内閣総理大臣小磯国昭に謁を賜い、全閣僚の辞表の捧呈を受けられる。終わって内大臣木戸幸一をお召しになり、辞表を披露され、後継内閣首班につき御下問になる》(昭和天皇実録33巻93頁)

 当時、木炭自動車と揶揄(やゆ)されるほど非力だった小磯内閣は、戦争完遂を声高に求める陸軍からも、ひそかに終戦を模索する近衛文麿ら重臣たちからも見放されていた。戦争完遂か終戦か、どちらにしても、小磯では国内をまとめきれないと思われたのだ。内閣総辞職にあたり、陸軍は現役軍人を首班とする新内閣発足をもくろみ、重臣たちは枢密院議長(元侍従長)、鈴木貫太郎への大命降下をのぞんだ。