再評価される早世の天才画家 「鹿の名手」中原芳煙の世界

代表作の「群鹿之図」(島根県美郷町教委提供)
代表作の「群鹿之図」(島根県美郷町教委提供)

 将来を期待されながら39歳で早世した島根県美郷町出身の日本画家、中原芳煙(ほうえん)=1875~1915年。鋭い観察眼で描かれた精緻な動植物の絵は見る人の心を癒やす。長らく美術史から埋もれた存在だったが、近年再評価され、再び注目を集めている。

気品と詩情あふれる作風

 芳煙は鉄山経営の家に生まれ、父親の影響で幼い頃から絵を描くのが好きだった。画家を志して東京美術学校(現東京芸大)に進学。日本画の巨匠、川端玉章(かわばた・ぎょくしょう)に師事し、首席で卒業した。

 その後、母校の島根県立第二中(現同県立浜田高校)に教師として赴任したが、2カ月で退職し、宮内省で正倉院の御物整理に従事した。再上京の裏には、芳煙の作風を愛した明治天皇の意向があったと伝えられている。

 その後、名品模写の仕事に就きながら画家として活躍。気品と詩情あふれる作風は国内の主要の展覧会で注目を集めたが、肺結核を患い、生家の離れで亡くなった。39歳だった。

生き物への熱意「鹿の名手」

 「生き物を描く熱意が高かった」。芳煙を調査する同県立美術館(松江市)学芸員の田野葉月さんは説明する。