「教祖」となったマラドーナが示した反権力のヒーロー像

W杯ロシア大会でアルゼンチン代表に声援を送るマラドーナ=2018年6月、サンクトペテルブルク(中井誠撮影)
W杯ロシア大会でアルゼンチン代表に声援を送るマラドーナ=2018年6月、サンクトペテルブルク(中井誠撮影)

 「マラドーナをあがめるのは理屈じゃないんだ、もはや信仰なんだ」。そんな言葉を聞いたのは、2006年ワールドカップ(W杯)ドイツ大会で出会ったアルゼンチン人記者からだったか、それとも彼の栄光と挫折の日々を特集したテレビ番組に登場したイタリア・ナポリのサポーターだったか。記憶はあいまいだが、多くの人に愛されたアルゼンチンの英雄の早すぎる死と、その後の騒擾(そうじょう)ぶりに、冒頭の言葉を思い出した。11月25日に死去したサッカー元アルゼンチン代表、ディエゴ・マラドーナ。1986年W杯メキシコ大会での「神の手ゴール」や「5人抜き」をはじめとした華麗なプレーで旋風を巻き起こしたが、波瀾(はらん)万丈の人生はサッカー選手の枠組みをはるかに超越していた。 (北川信行)

どこでも主役

 記憶の片隅に残っているマラドーナの印象は、97年の引退から10年近くがたった2006年ドイツ大会でのものだ。同大会は後継者の本命と目されていたリオネル・メッシが10代でデビューしたW杯である。だが、何の予告もなくマラドーナが試合会場に姿を現したのは将来有望な母国の後輩の試合ではなく、全く関係のない1次リーグのスペイン-サウジアラビア戦だった。既に決勝トーナメント進出を決めていたスペインにとっては、消化試合のようなカード。世間の注目度は低く、メディアの数も少なかった。